読書感想文の書き方とよくある誤解
夏休みの宿題は、夏休み初頭の7月中にダッシュで終わらせようと、声がけをしています。
塾のみんなは必死になって取り組んでいます。
夏休みの宿題の中でも、読書感想文を苦手とする子はとくに多いような気がします。
そもそも読書感想文を課題に出すのは文章力養成のためではなく、読書をしたというアリバイづくりのため・・・という出題側の本音もあって、あまり読書感想文の書き方を指導された経験がある人は少ないからではないでしょうか。
そこで今回は読書感想文の書き方、しかも、課題図書を読み終わらなくても書ける読書感想文の書き方というテーマで書いてみたいと思います。ここでは「そもそも読書感想文って何?」ということに絞って考えてみます。
ところで、こんなふうに読書感想文のこと考えていませんか?
誤解その1 「本を読み終わらないと読書感想文は書けない」
読書感想文というのは、物語全体について論じる必要は必ずしも無いということをご存知ですか?
たとえば、みなさんがインスタントのお味噌汁(私はこれが大好きなのですが)1人前をもっていて、これで美味しいみそ汁を作って飲もうと思っています。
そして、どういう事情かまったくわかりませんが、みなさんの前にはバケツ一杯のお湯があるとします。さて、どうしますか?
まさか、バケツ全部のお湯に1人前の味噌と具を入れて飲む人はいないですよね?
私だったら、お椀にいっぱいだけお湯をすくって、その中に1人前の味噌と具を入れてお味噌汁を作ります。そうしなければ、薄味すぎてまるで味のしないお味噌汁になってしまい、とうてい「おいしいお味噌汁」とは言えないのではないでしょうか。
読書感想文もまったく同じです。「おいしい」読書感想文にするためには、バケツいっぱいもある物語全体を論じるのではなく、手持ちの原稿用紙においしく収まる範囲の場面についてだけ論じたほうが良いのです。
誤解その2 「物語のあらすじを書かなければならない」
あれ?みなさんが書かなければならないのは「感想文」ですよね?どこにも「要約文」などと書いていないはずですが・・・。
そもそも、物語のあらすじを出題者が知らないと思いますか?
出題者があなたの作文を読んで
「へぇ~、そういう内容だったんだ!」
なんて思うわけないですよね。
だって、出題者はぜったいにあらすじを知っています。物語のあらすじを知っている人にわざわざ物語のあらすじを教えてあげなくたって良いではありませんか。
いつのまにかそんな親切な人になったんですか?
出題者が読みたいことは、すでに出題者が知っているあらすじなんかではありません。
出題者が読んで知りたいのは、あなたの<感想>です。あなたの<感想>は、あなた以外に知りようがないのですから、そういう意味で、それはとても貴重なものなのです。
つまり、そちらのほうが「商品価値」があるのです。
誤解その3 「物語のことを書かなければならない」
というわけで、読書感想文においては、物語のことを書くことは最小限にとどめるべきなのです。書くべきは、あなたの<感想>です。
ところで、なぜ、あなたの<感想>は、あなただけのものなのかわかりますか?
それは、<感想>というものは、あたなだけのあなた自身の人生経験から生み出されるものだからです。
たとえば、道端で一匹の犬に出会ったとしましょう。
あなたは「かわいい」と思うかもしれません。
でも、私は40歳をとうにすぎたオッサンですが、おそらく恐怖におののき「怖いよ~」と情けなく泣き出すにちがいありません・・・・。
きっとあなたの人生の中では犬との良い思い出がたくさん積み上げられていたから、あなたを犬に対して「かわいい」という感想をいだいたのでしょう。
いっぽう私の人生の中では幼少期に犬に吠えられた体験が記憶の中にずっと残っているため、同じ犬に対して「怖い」というあなたとは異なった感想を抱くことになったのです。
もしこの出来事を作文にするとしたら、ふだん「ジュクチョー」などと呼ばれてエラソーにしている中年男性が、犬に吠えられてビビりまくっている現在と幼少期の姿を書いたほうが「おいしい」と思いませんか?
そうなんです。読書感想文とは、その物語を読んでいただいたあなたの「感想」とその「感想」をいだくにいたったあなた自身の「体験」を書くものなのです。つまり、書き出しこそ物語をきっかけにしますが、書くべきことは、ふだんから書きなれている「体験文」と何ら変わらないのです。
あなたが選んだ物語の場面と同じような状況のとき、はたしてあなたは物語の登場人物と同じ行動をとるのか、あるいはとらないのか。そして、それはなぜか・・・。
そういうことを書いていくのが読書感想文なのです。
誤解その4 「作文はウソをついてはいけない」
とはいえ、私たちの人生は物語ほどドラマチックではないことのほうが多いものです。
川から大きな桃が流れてくることはありませんし、たぶん何万本竹を切っても、うつくしい女の人が竹の中からでてくることはありません。
読書感想文・・・というより作文のほとんどは、私たちのこうした「フツー」で「ありふれた」体験を書いていかなければなりません。
しかし、そのまま書いたのでは、作文もきっと「フツー」で「ありふれた」ものになってしまいます。
いくら出題者とはいえ、ひとりの読者でもあるのですから、楽しんで読んでもらったほうがよいに決まっています。
そのためなら、ちょっとくらい「ウソ」を書いてもバチは当たらないと思うのです。
そもそも、物語だって、いわば壮大な「ウソ」であることが多いわけですから、目には目を、「ウソ」には「ウソ」をです。
文章を作ることの最大の醍醐味は、大きな「ウソ」や小さな「ウソ」をうまく取り混ぜて、いかに読者を喜ばせるかだと私は考えています。
このブログだって毎回どこかに「ウソ」があるかも・・・・
今回、書かせていただいたのは「読書感想文の目指すところ」であって、具体的な<書き方>ではありません。作文というのは、目指すところがわかってもいても、最初の一歩がとてつもなく重かったりします。
「もう読書感想文は書いちゃったよ。」という人も、これからの作文技術に間違いなくプラスになると私は信じています。
それでは、今日はこのへんで。
中村 五十一
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